共通テストまで残り2か月を切り、高3生の生徒は最後の追い込みの時期に差し掛かっています。心の内まではわかりませんが、うまく学習が進んでいるようでも不安を感じている生徒、伸び悩んでいる一方でポジティヴな気持ちを持っている生徒、GRITでの英語学習に関しては、英語の余裕がある一方で他教科に関して不安を抱えている生徒、早く受験が終わってほしいと思っている生徒、もっと時間がほしいと思っている生徒、本当に様々な思いを抱えながら今を過ごしていると思っています。
自身の受験期の最後を振り返ると、最後(12月末~1月)に感じたことが「両親(特に母親)に恩を返し喜ばせたい」、その思いが強かったと感じています。
私の学歴を知っている生徒の数名から「先生だったら、もう少し上の大学に行けたんじゃないですか」と言われることもあるのですが、当時の家族が置かれた状況(父・母・姉が別々に暮らしていて、母と甥と私が同居していた)などから、センター試験で何点取ろうが和歌山から通える国公立大学に進学すること、そして私立の大学は受験しないということを決め、実際に国公立一本で勝負しました。
このように書くと「家族のせい」と誤解されるかもしれませんが、そこまで受験や大学に強い思い入れがあったわけではなく、本当に行きたい大学があったり将来やりたいことが決まっていれば県外の大学に進学しただろうとも思いますので結局は後付けの理由かもしれませんが。
この時期は母に頼み連日のように英単語・古文単語のテストを作ってもらっていた記憶があります。1日10枚や20枚は作ってくれていたので、今単語テストを作る立場になってわかるのですが相当の労力だっただろうとも思います。
ただ、模試では結局D判定以上をとったことがなかったので焦りや不安もあったのでしょうが、勉強していると2歳の甥っ子がいつも私の隣に座り絵を書いたりおもちゃで遊んでおり「(点数が)上がらんなあ」とつぶやくときょとんとしながら「上がらんなあ」と返答してくれたり、甥っ子と犬が私の下手な英語の音読を聞いてくれたり、11月はそのように過ごしていました。
12月に入り20点~30点ほどしかとることのできなかった数学が冬休み頃から始めた予想模試で80点~90点程の点数をコンスタントにとることができるようになり、その頃になって「合格できる。必ず恩を返す。」という気持ちが強くなったと覚えています。苦手教科を克服できたことは大きな自信につながった一方で得意教科だった日本史の勉強も一定時間は確保し、点数の読めない英語・国語は連日センター試験の過去問を解き、勘を鈍らせないということにも気をつけていました。そこまで理科に力は入れていなかったのですが、結局は理科(地学)の点数が95点と最も高かったので、試験は本当に何が起こるかわからないと身をもって体験しています。
感情はなかなかコントロールすることが難しいですが、学習時間は自身でコントロールすることができます。生徒の皆さんに常に話していることが、「最後まで諦めないこと。諦めない限り何が起こるかわからない。」「平日は7時間、休日は17時間。」「教科間の学習時間のバランスを一定に保つこと。」です。この時期にスマホや漫画、恋愛などの娯楽に影響を受けないとは思いますので、学習時間と学習バランスを間違えなければ良い結果につながるだろうと思います。
年末が近づきせわしくもなってきますのでゆとりを持って行動するように心がけてください。